ユーラシアの近代と新しい世界史叙述

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【報告】2014年1月26日:前近代権力を問い直す

2014年01月29日

20140126Miura.JPG5年にわたった「近代のユーラシアと新しい世界史」も、開催される研究会としては本日の「前近代権力を問い直す」が最後のものとなる。

20140126Tamai.JPG 最初の報告である「都城としての城下町江戸」(玉井哲雄)は、日本の近世城下町の特徴として、(1)囲郭(城壁)が存在しない、(2)身分(武士、寺社勢力、商工業者)による明確な居住地区分が存在することを指摘した。とりわけ(2)に関しては、寺社すなわち宗教勢力が都市中心部から排除されたところに、日本の近世城下町の特徴があるとした。

 報告者は、安土城に代表されるように中国趣味をもった織田信長に対して、規模を巨大にして身分制秩序を城下町に投影させようとした豊臣秀吉、そして最終的にそれを完成させたのが徳川家康であるとの見解を示した。江戸では儀礼を行う場(正方形街区)や通り(通り庇)が意図的につくられ、そこでは朝鮮通信使と琉球使節などが行列をなし、江戸の人々はそれをこぞって観覧した。

こうした使節の先には、東アジアの諸国が存在しており、この意味において、江戸もまた東アジアの都市類型として見なければ、江戸の本質は見えてこないと結論づけた。報告後の質疑応答では、都市の定義や日本都市史における時代区分、建築史の研究手法などについての質問が出された。

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 次の報告である「近世ドイツ帝国議会の位置‐象徴儀礼の場か、政治的公共性の場か」(渋谷聡)は、身分制の制約が存在した近世ドイツ帝国議会が(1)象徴儀礼の場であるのか、あるいは(2)政治的公共性の場であるのかという議論を紹介しつつ、比較のための見取り図の提示を行った。ドイツでは、フェーデ(武力による権利紛争)が認められていたことによる混乱が、1495年に帝国最高法院の設置と永久ラント平和令の発布によって安定し、1555年の帝国執行令によって、皇帝権の介入が排除されて帝国議会の重要性が増した。

 神聖ローマ帝国における垂直的結合を重視する研究者は、帝国議会を象徴儀礼の場として理解し、対して水平的結合を重視する者は、そこに政治的公共性を見出した。報告者は、帝国議会は基本的には象徴儀礼の場であったとしながらも、「トルコ危機」が高まるなど特定の時代によっては、政治的公共性の重要性が増した時期もあったとした。以上のことから、近世ドイツ帝国議会は様々な領邦からなる「複合国家」を支えた存在であったと結論づけた。

 報告後の質疑応答では、神聖ローマ帝国とドイツを同一のものとして捉えることが可能なのか、近年のドイツにおける統合政策との関連性はあるのかといった質問が出された。

20140126Sugiyama.JPG コメンテーターの、杉山清彦は、大清帝国の例を踏まえて、政治的中枢の存在する場の象徴性、および支配の正統性の素地についてのコメントと質問を行った。

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同じく、長谷部圭彦は、「人間集団」をキーワードにして新しい世界史を描き出す重要性について述べた。

総合討論の場においては、象徴儀礼のもつ実際的な意味、「複合国家」の定義、「公共性」というタームが意味するもの、あるいは宗教勢力とりわけローマ教皇とカトリック教会が果たした役割についての質問がなされ、活発な議論が交わされた。

(文責:澤井一彰)

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